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雲上寺ジェシカの腹ペコBLOG

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上野健一はお坊さんになっていた!年商62億「マネーの虎」の有名社長が出家した驚きの理由とは?

上野健一(うえのけんいち)さんという方をご存知でしょうか?

かつて日テレの大ヒット番組「マネーの虎」に出ていた有名社長さんです。

私、「マネーの虎」が大好きで大好きで毎週欠かさずみていました。

 

これが放送当時の上野健一さんです。当時の年商は62億円でした。

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「マネーの虎」出演時の上野健一さん

(画像引用元:【マネーの虎】 タコライスのトレーラーハウス 【完全版】 - YouTube

 

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そしてこれが現在の上野健一さんです。

現在は、上野玄津(うえのげんしん)に改名し「お寺の住職」をされています。

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マネーの虎社長がなぜ仏門へ

(画像引用元:空海に導かれた玄津 | 真言宗千光寺派・白浜温泉・水晶山 千光寺

 

ええ、この変わりようはびっくりですね!!!

「経営者」から「僧侶」に変わる・・・というのはあまり聞いたことがないですよね。

一体、どういった理由があったのでしょうか?

経営者と僧侶という2つの顔を持つ上野健一さんの素顔に迫りたいと思います。

 

28歳で100億円企業をつくる

上野健一さんと言えば、28歳の若さで100億円企業を作ったという、

とんでもない凄腕の社長です。彼の起業マインドは学ぶところがとても多いです。

 

28歳で100億円企業を作った人が当時どんなマインドで生きていたのか知りたい!!!

そう思った私は、上野健一さんの著書『ボクはやんちゃな成り上がり』を読みました。

 

20代で100億円企業を作り30歳で「成功経営者」になった彼の人生が詰まった一冊。

20年以上前の本ですが、とてもためになる言葉で溢れていましたので、

幾つかご紹介したいと思います。起業家になりたい人は特に参考になると思います。

 

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(画像引用元:アマゾン)

 

上野健一の名言(著書『ボクはやんちゃな成り上がり』より引用

会社が自分に何をしてくれるかというのではなく、会社のために自分は何ができるかという人材しか採用しません

努力が評価されるのは学生まで、ビジネスは結果が勝負 

シビアな言葉ですが、どちらもそのとおりだと思います。

「こんなに頑張ったのに評価してもらえない」「会社は何もしてくれない」と

思っている人は、この言葉の意味を一度考えてみるとよいかもしれません。

 

いまでも物事を実行するときは必ずお前はこれについてどう思う?」

相談して部下の意見を聞く時間をボクは大切にしています

その人の立場にたって考えながら商品を売る

ビジネスがうまくいって余裕が出てもいままでのペースを変えない

最低2年、同じ業種で頑張る儲かったからといって欲を出さない

地域社会からスタートさせる。いきなりマス社会を狙うとリスクが高い

決断の早さが成功のカギだ

上野健一さんはこのようなモットーを掲げてビジネスを成功させてきました。

どんなビジネスをしている人にも参考になりそうな考え方です。

 

人気漫画からアイデアを盗め

女性週刊誌から時代を盗め

ビジネスのアイデアはこんなところにも隠れています。プライベートの時間も常に

ビジネスへのアンテナを張り巡らせていたことがわかります。

 

「マネーの虎」で一躍有名に

20代で100億円企業を作ったという実績が評価され、「マネーの虎」にも出演します。

「マネーの虎」で一躍有名人になりました。現在でも番組映像がみられますので、

上野健一さんの印象的な出演回を幾つか載せておきます。

 


【マネーの虎】 タコライスのトレーラーハウス 【完全版】

 


マネーの虎 無国籍パスタ専門店

 

私はまさに「マネーの虎」世代でしたので、当時ハマって毎週みていました。

起業家を志すがお金がないという人が「どんなビジネスをしたいか」プレゼンを行い、

上野健一さんなどの大物経営者たちが気に入ったらお金を援助するという番組です。

海外でもソフト化され、世界中で人気となった日テレの名物番組です。

 

札束がドンと出てくるのでゲスいと思ったことも正直ありましたが、

そのお金を元手に夢を叶えた人々もいて、実にワクワクする番組でした。

 

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いかにビジネスのビジョンがしっかりしているか(成功させる計画性があるか)、

どれくらいの情熱をもってそのビジネスをやりたいと考えているか(情熱)、

この2つがお金を貸すか貸さないかの基準になっていたように思います。

視聴者がみていて「この人なら応援したい!!頑張れ!!」と思うような人は、

たいてい出演している社長たちの誰かもそう思って出資をしてくれたので、

みていて大変気持ちのよい番組でした。

 

お金を借りて終わりではなく、その後借りたお金でどうやってビジネスを展開

していくかも番組で追っていきます。お店が無事オープンし、売上がいくらで、

売上目標をクリアしたのかどうかなど、出資した後の活躍ぶりが視聴者に冷静に

評価されるのも見どころでした。

 

例えば借りたお金を元手に飲食店をオープンした場合、

オープン初日は「マネーの虎」効果もあり客は大勢来るのですが、

客に美味しいと思ってもらえなければ、徐々に客足は遠のいていきます。

テレビの力だけで成功するはずはなく、成功するかどうかはその人次第なのです。

 

社長たちから借りたお金を元手に店を開いた人の中には、

現在ではチェーン店をオープンさせるほどに大成功を収めている人もいます。

私の記憶では、立花洋さんという「パスタ屋さん」を開いた男性が

「マネーの虎」に出演した虎たちの中でもっとも成功した方だと思います。

 

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マネーの虎でもっとも成功した男・立花洋さん

 

立花洋さんは「パスタ屋さんを開きたい」と980万円の援助を志願。

無事「マネー成立」を果たし、その資金を元にお店をオープン。

文句なしの美味さが人気を呼び、年商2億円を稼ぐパスタ屋に!!!

今では4店舗をオープンし従業員50名をかかえる人気店になりました。

 

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ビジネスの世界で成功し続けることがいかに厳しいかを痛切に感じさせる番組で、

とても面白いです。機会があればアメリカ版「マネーの虎」もみてみたいです^^

 

僧侶になった理由

さて、上野健一さんの話に戻りましょう。

なぜ経営者として大成功を収めた上野健一さんが僧侶になったのか?

 

上野健一さんは現在は上野玄津(うえのげんしん)と改名し、

空海ゆかりのお寺「千光寺」にて住職を務めています。

上野健一さんの僧侶としての活動は「千光寺」のホームページにてご覧頂けます。

 

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意外にも、上野健一さんが僧侶の道を志したきっかけは早く、

彼が会社を起業したばかりの21歳の時でした。

 

21歳当時の上野健一さんは会社を起業したばかりで毎日忙しく、

自分の身体にムチを打って働いていたため、ある日身体を壊しました。

過労が積み重なったのと、幼いころからひどい喘息に悩まされていたことで、

病院での治療も効かないほどに喘息が悪化してしまいました。

 

そんな苦しいときに大阪府吹田にある垂水神社にお参りをし、

御真言を唱えながら不動明王に祈りを捧げたところ、

霊感が心の奥底から沸き上がるような不思議な感覚が全身を覆ったそうです。

 

すると、若くして独立したことにより迷いや苦しみで一杯だった頭の中が

空っぽになり、とても爽快な気分になっていました。こんな不思議な体験をした

参拝の帰り道、上野健一さんは苦しかった咳が止まっていることに気づいたのです。

これが上野健一さんが仏道を歩むきっかけとなりました。

 

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(画像引用元:空海に導かれた玄津 | 真言宗千光寺派・白浜温泉・水晶山 千光寺

 

それ以来、上野健一さんは仕事の合間を縫って空海の真言密教を学び、

在家の修行者として修行を積みました。

「いつかこの教えを世の中に広めたい!!」と心に刻んで修行に励みました。

 

そして、総本山金剛峯寺座主の竹内崇峯大僧正から

「あなたは実業の世界で頑張りながら、あなたのやり方で真言密教を学び、

そして若い人達に教えを広めなさい」と諭され、

 28歳のときに「玄津」という僧名を授かるのです。

 

前述の通り、上野健一さんの28歳と言えば、

「28歳で100億円企業を作った敏腕社長」になった年です。

この頃から「経営者」と「修行者」という2つの顔を持っていたということです。

真言密教に祈りを捧げたことで精神が磨き抜かれたことも、

ビジネスで大成功を収めた要因のひとつだったのかもしれません。

 

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(画像引用元:空海に導かれた玄津 | 真言宗千光寺派・白浜温泉・水晶山 千光寺

 

初めは「僧侶」よりも「経営者」としての活動が中心でしたが、

普通のお寺の僧侶としての枠にはまらない「玄津のやり方」で

真言密教の布教活動を行うにつれ、「僧侶」としての活動が主になっていきます。

 

これが現在の上野健一さん改め上野玄津さんです。すっかりお坊さんですね^^

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(画像引用元:空海に導かれた玄津 | 真言宗千光寺派・白浜温泉・水晶山 千光寺 

 

上野玄津僧侶は、「世界平和」の普及に大きく貢献しており、

「僧侶」としても世界中から高く評価されています。

 

例えば、チベット法王ダライ・ラマ14 世から感謝状を賜ったり、

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ダライ・ラマ14世からの感謝状

(画像引用元:空海に導かれた玄津 | 真言宗千光寺派・白浜温泉・水晶山 千光寺 

 

世界の平和活動に貢献したことにより

2018 年6 月、世界宗教連合会副法王に任命されています。

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世界宗教連合会副法王の任命状

(画像引用元:空海に導かれた玄津 | 真言宗千光寺派・白浜温泉・水晶山 千光寺 

 

天は2物を与えるんですね・・・(゜o゜;

経営者としても僧侶としても名声を得ていて素晴らしい方だと思います。

かつて28歳の若さで100億円企業を作った経営者・上野健一さんは、

現在は世界平和に貢献している偉大な僧侶・上野玄津さんです。

 

まとめ

上野健一さんはわずか28歳で100億円企業を作った凄腕経営者です。

年商63億円社長として「マネーの虎」にも出演し、一躍有名人となりました。

 

周りからは「天才」「勝ち組」「成功者」としてみられていた上野健一さん。

しかしその頭の中は常にビジネスのことでいっぱいで、苦悩も多かったようです。

眠れないほど忙しく、心身ともに疲れ切っていたこともあったことでしょう。

 

「経営者」としての彼を癒やしたのは「僧侶」への道でした。 

空海の真言密教との出会いが彼の病を治したことが大きな転機となりました。

以来、彼は現在は「経営者」と「僧侶」という2つの顔を持ち、

仕事の合間を縫って、真言密教の修行に励みます。

 

28歳の100億円企業を作った年に、「上野玄津」という僧名を授かり、

「経営者」だけでなく「僧侶」としての活動も本格化させていきます。

そして、徐々に「経営者」から「僧侶」の道へとシフトしていき、

現在は「僧侶」として世界宗教連合会副法王に任命されるほどに活躍されています。