松本智氏は、飲食事業や介護事業を手掛け、今や関東を中心に110もの介護施設を展開する株式会社ファーストナースの起業者です。
今の松本智氏は誰から見ても成功者ですが、その人生は決して順風満帆とはいえず、一時は数億円もの借金を背負い、死にたいと考えたこともあったといいます。
今回は、人生の「明」と「暗」の両方を経験した起業家、松本智氏とはどのような人物なのか、これまでの苦労や体験談も交えてご紹介します。
これから起業したいと考えている方はもちろん、松本智氏の会社に興味がある方、入社を検討している方は、ぜひ最後までお読みください。
目次
松本智氏ってどんな人物?
飲食と不動産、介護事業などを手がけていた松本智氏が、2010年に株式会社ファーストナースを設立しました。幅広い事業を手掛ける松本智氏とはどのような人物なのか、その人生を深堀りしていきましょう。
【プロフィール】
氏名:松本 智(マツモトサトシ)
生年月日:1963年
出身地:東京都
松本智氏はいかにして現在の成功を手にすることができたのか、人生のターニングポイントはどこにあったのしょうか。
大学在学中に家が建つほどの大金を貯める!
松本智氏は、大学在学中にビジネスに挑戦し、700万円を自力で貯めたといいます。
この金額は当時、家が一軒建つほどの大金であり、この資金を独立資金にして、新たに起業に挑戦します。
バブル崩壊により事実上の倒産を経験
商売で成功し、新たなビジネスに挑戦した松本智氏ですが、バブル崩壊などの影響もあり、不動産事業で事実上の倒産を経験することになります。
わずか半年足らずで700万円が水の泡になってしまったといいます。
30億円の借金を背負うことに…
事業にお金をつぎ込んでいくうち、頑張って貯めた700万円がわずか半年たらずで水の泡となってしまった松本智氏ですが、その後さらに借金が膨らみ、30億円もの借金を背負うことになってしまいます。
不動産を売り払うなどして対応するものの、それでも5億円もの借金が残ります。
毎月1,000万円もの借金を返済しなければならなかった日々は非常に辛く、10歩歩く度に死にたいと思うような日々だったといいます。
それでも諦めず進み続けた結果、六本木ヒルズの高級マンションに住めるほどに復活
人生の「明」も「暗」も経験し、「死にたい」とすら思ったという松本智氏ですが、それでも諦めず、その後も様々なノウハウを学び挑戦し続けた結果、借金の残高は順調に減り、六本木ヒルズの高級マンションに住めるほどの復活を遂げます。
飲食業に挑戦するきっかけは「お金を持ってるうちに美味しいものをたくさん食べたほうがいいんじゃない?」
松本智氏は大学在学中、ごはんを我慢してまで独立資金を貯めるために頑張りました。
しかし、そうまでした貯めたお金があっという間に消えたことで、「お金を持っているうちに、美味しいものをたくさん食べたほうがいいんじゃないか?」と考えが変わり、高級料理店によく足を運ぶようになったそうです。
成功した今もなお学び続けている
今や飲食事業だけでなく、介護事業でも成功している松本智氏ですが、今もなお日々成長するために経営塾で学んでいるほか、社員も経営に関する学びが得られるようにと、各店舗の収益状況を社員に全て公開しています。
社員も経営を学べる環境を整えたことで、実践的なノウハウを習得することができます。
すると、将来独立を考える人達が集まるようになり、結果としてさらに良い環境になっているといいます。
松本智氏が手掛けるビジネス
松本智氏がどのような人物がわかったところで、続いては松本智氏が手掛けるビジネスについてご紹介します。
飲食事業
2002年に飲食事業に参入し、現在は東京の新橋を中心に、地酒と和食の店「新橋居酒屋粟田口」飲食店を12店舗経営。
客単価5,000円とは思えない魅力的なメニューの数々により、リピーターを獲得、順調な成長を続けています。
介護事業
埼玉県・群馬県を中心に有料老人ホームを核とした介護施設を110施設展開。
医療介護に特化した人材派遣事業も手掛けています。
今後も超高齢者社会に向けて、地域社会に貢献できるような介護サービスを構想中です。
主力事業に成長した介護事業!参入のきっかけ
松本智氏は10代の頃から起業することを考え、25歳の時不動産会社を起業、毎晩六本木を飲み歩くほどうまくいっていた時もありましたが、バブルの影響もあり多額の借金を背負うことになります。
そして、「このままではいけない」と2002年に飲食業をはじめ、紆余曲折があり、苦労しながらも順調に店舗数を伸ばしていきます。
それにも関わらず、なぜ新たに異業種である介護事業に参入しようと考えたのでしょうか。
参入のきっかけは祖母!
体調を崩し入退院を繰り返す祖母の受け入れ先探しが難航し、それらをめぐる介護ビジネスの現状に不満を感じていたその時、介護ビジネスの話が持ち掛けられます。
松本智氏が介護事業に参入するきっかけは祖母にあったのです。
そして、2006年に1店舗目の介護施設を埼玉県深谷市にオープン、開所当初は赤字でしたが、わずか1年で黒字に転換、今や関東を中心に110施設以上構えるまでに成長しています。
他の施設が断るような重症者も受け入れる地域最安値の介護施設
松本智氏が経営する介護施設の特徴は、他の施設が断るような重症者も受け入れていることです。
祖母の時受け入れ先を探すのに苦労した松本智氏だからこそ、重い病を抱えている高齢者もできる限り断らず、受け入れているのでしょう。
地域最安値の入所費用を設定し入所しやすい環境を整えていることからも、松本智氏が介護事業に抱く思いを感じます。
こだわりは良好な人間関係を作ること
松本智氏が介護施設の経営において何よりも力を入れているのが介護士との関係です。
人材不足が著しい介護業界は引く手あまたです。
辞めたところで別の職場がいくらでもある介護士に仕事を続けてもらうには、給料が少し高いくらいでは効果がありません。
また、女性が中心となる介護事業では飲食のような上下関係は通用しないため、良好な人間関係を構築するには経営者側が最大限の努力をしなければならないと松本智氏は言います。
こうした柔軟な考え方ができるからこそ、異業種でも成功することができたのでしょう。
今回は、飲食や介護事業を中心にビジネスを展開している起業家、松本智氏についてご紹介しました。
10代の頃から会社を作りたいと考えていた松本智氏は、大学在学中にジーンズ販売などを手掛け、独立資金を貯めた後、満を持して不動産会社を起業します。
バブルの恩恵もあり、数年間は面白いように上手くいっていたそうですが、気が付いた時にはバブルが弾け、数億円の借金が残ります。
「死にたい」と思うほど辛かった経験をしたにも関わらず、松本智氏は諦めず借金を返し続けた後、飲食業に挑戦、たくさんの苦労を乗り越え、成功を手にします。
さらに、祖母をめぐる介護ビジネスに感じた不満から、介護事業にも参入し、今では関東を中心に110施設を経営するまでになりました。
人生の「明」と「暗」の両方を経験した松本智氏だからこそ、彼の考え方や言葉には重みがあります。
松本智氏の会社では、社員が経営について学べる環境も整えています。
「自分で起業したい」「松本智氏の会社が気になる」という方は、ぜひ株式会社ファーストナースをチェックしてみてはいかがでしょうか。